世界的モデル・クリエイター 山口小夜子

山口小夜子さんのプロフィール

 

 

 

名前 山口小夜子(やまぐちさよこ)

1949年9月20日生まれ

身長は160cm台後半といわれている

 

 


 

 

[歴史]

*以下、各種公式プロフィール情報、特集記事など参考

 

 

 

 

神奈川県横浜市出身。

 

洋裁好きであった母の作った服で過ごす中、

子供の頃から自らも洋服作りに興味を持ち、高校卒業後に専門学校へ。

 

杉野ドレスメーカー女学院に進学し、先生の仮縫いモデルなどをする中、

プロのモデルになることを決意し、杉野学院卒業後の1971年にモデルデビューする。

 

だが、当時はハーフモデル全盛で典型的な東洋人顔の小夜子にはなかなか仕事がなく、

髪を染めることを提案されるなど、西洋人になりきることを要求されていた。

 

そんな中、山本寛斎のある画期的なショーにオーディションに合格して参加。

そのショー感動し、モデル活動の楽しさ・自信を取り戻す。

また、そのショーを見に来ていた三宅一生からもショー出演の話が来るなど、大きなターニングポイントとなる。

 

その後、1971年に開催された来日ショーに出演した

「ジャン・マリー・アルマン」からのオファーで渡仏し、1972年にパリコレにデビュー。

 

1973年あたりからは三宅一生もパリコレにデビューし、

KENZOやイッセイ・寛斎といった日本人パリコレデザイナーのショーにて活躍。

その後、1970年代後半からはサンローラン・ミュグレー・ソニアリキエルなど

数々の海外トップデザイナーのパリコレのショーにも出演。

 

その他、NYコレクションにも参加するなど、

1970年代から1980年代後半にかけて10年以上世界的トップモデルとして長く活躍。

 

また、世界的な活躍を背景に、

国内でも、小夜子の独特のメイクや黒髪を否定し続けてきた人たちの見る目もがらっと変えさせた。

 

 

その後、国際的モデルとしての活動が一段落してからは、活動の場を広げ、

モデル業の他、様々な分野で活躍。

 

 

クリエイターとして活動する一方で、晩年の2000年代まで現役モデルとして活躍。

 

2007年に急性肺炎にて惜しくも57歳で死去。

 

 

2015年春には、東京都現代美術館にて「山口小夜子 未来を着る人」という展覧会が開催。

同年秋にはドキュメンタリー映画「氷の花火 山口小夜子」が公開。

 

 

 

映画「氷の花火 山口小夜子」公式サイト

東京都現代美術館「山口小夜子 未来を着る人」イベント詳細

 

 

 

 

 

 

 

 

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