橋本龍太郎元総理は東洋紡(の前身:呉羽紡績)社員だった
アトランタ五輪が開催されていた頃の1990年代半ばに
大蔵大臣などを経て日本の総理大臣として活躍した橋本龍太郎氏。
父親も政治家という家系の中に生まれたものの
大学を出てすぐ政界入りしたわけではなく、
しばらくは繊維業界人だったという話を紹介。
参考文献
東洋紡沿革
https://www.toyobo.co.jp/company/profile/history.html
橋本龍太郎は1937年、
大物政治家・橋本龍伍の長男として東京で誕生。
そして地元東京の名門・慶應義塾に入学し、
1960年に同大学の法学部を卒業したが、
いきなり父の秘書・事務所スタッフになったわけではない。
1960年に慶應を卒業した彼は、
大手繊維会社・東洋紡の源流の一つである
呉羽紡績株式会社
という会社に入社。
そして繊維業界の人物としてキャリアをスタートさせた。
そのままずっと繊維業界でのし上がっていくつもりだったのか
ゆくゆくは政界に転身するつもりだったのかは不明ながら
わずか2年で転機がやって来る。
入社2年後の1962年に父が死去。
それにより父の後を継ぐ事になり、
1963年に衆議院議員選挙に立候補し、26歳の若さで当選。
その後、1978年の大平内閣時に初入閣し、
自民党幹事長・大蔵大臣などの要職を歴任した。
満を持して1996年1月、
村山富市氏の後継者として内閣総理大臣に就任。
1998年夏まで約2年半に渡り、日本の顔として活躍したが
もし弟の橋本大二郎氏が父の後を継ぎ、
自身は繊維業界に残っていたとしたら敏腕の彼は
東洋紡の重役・社長にまでのぼりつめていたかもしれない。
なお橋本氏が入社した呉羽紡績株式会社はその後1966年、
東洋紡に吸収合併され、東洋紡の一部となった。
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