小池千枝はパリ留学時にサンローランやラガーフェルドと共に学んでいた

 
 
1916年に長野県須坂市で誕生し、
晩年は文化服装学院の名誉学院長を務めていた小池千枝氏は
高田賢三・コシノジュンコら教え子たちが強く敬意を表する人物で、
日本の服飾史に残る伝説的な人物。
 
卒業後、自身の母校である文化服装学院で働き始めた彼女は、
1951年に同校において「デザイン科」を新設して科長になった。
 
1954年には本場・パリで最先端の技術を学ぶために単身渡仏。
そして、半官半民営であるパリ・オートクチュール組合運営教育機関の
外国人向け学校で様々な人達と技術を学ぶようになった。
 
その外国人学校においては
クラスメイトにアルジェリア出身の
イヴ・サンローラン(当時まだ10代後半)が在籍していた。
それだけでなく、
隣のクラスにはドイツ出身のカール・ラガーフェルド(当時20代前半)も在籍。
 
なお、1954年にサンローラン&ラガーフェルドの2人は、
世界最大級の若手デザイナー向け賞
「International Woolmark Prize」の前身となる賞をそれぞれ若くして受賞している。
 
そんなツワモノ達も在籍するようなハイレベルな学校で小池氏は
日本では馴染みがなかった「立体裁断」の技術などを学び、
1955年に帰国すると、文化服装学院において
コシノヒロコ、高田賢三、コシノジュンコなど
のちに世界に羽ばたいていく事になる生徒達に立体裁断の技術を伝授。
それによって日本の服飾制作技術レベルを大きく向上させた。
 
その他、高田賢三氏のインタビュー発言によると、
サンローランなどと共に学んでいたパリでの日々の思い出を生徒達に対して語ってきた事が判明している。
 
なお小池千枝から様々な技術・知識を学んだ高田賢三はその後、
パリに対する憧れが強くなって1960年代に渡仏したのち、
1970年代前半にパリコレデビューし、
プレタポルテの世界でイヴ・サンローランと並ぶほどの世界的評価を得る事になる。
 
 
 

 
 
 
 
 


[参考文献]
一般財団法人須坂市文化振興事業団運営の小池千枝情報サイト
http://www.culture-suzaka.or.jp/koike_chie/index.html
 
 
 

 

 

 
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