1964年に高田賢三/松田光弘が船で渡仏した際の詳しいルートが知りたい

 
 
 
日本の国際的ファッションデザイナーの第一人者は
1965年頃から日本を飛び出てアメリカのニューヨークで活躍し始めた森英恵と言われる。
 
ただし、森英恵氏がNYからステップアップして
世界最大のファッション都市であるフランスのパリで活動し始めたのは、1977年頃の事。
 
その他、山本寛斎氏や三宅一生氏あたりが
パリコレのプレタポルテ分野で活躍しはじめたのも1973年頃からで、
 
1965年からパリでの修行を開始し、
1970年に「JUNGLE JAP」という自身の店を開設して
現地での本格的なデザイナー活動をスタートさせた
文化服装学院出身の高田賢三氏の事を
"日本人国際的デザイナーの第一人者"
と扱う派閥も存在。
 
 
 


 
 
そんな伝説の人物である高田賢三氏が、
当時勤めていたアパレル企業を同僚で文化服装学院の旧友である
松田光弘氏と共に半年の休業届を出して
飛行機ではなく船で長い時間をかけてフランスに渡った、
というエピソードは、日本の服飾史における
重大な出来事として有名。
 
なお、フランス到着までにかかった時間に関しては、

  • 半年かかった
  • 1か月かかった

など諸説あるものの、
 
1964年10月に東京オリンピックが開催されたのち、
11月に日本を経ち、1965年の元旦あたりにフランスの港に辿り就いたというのが実際のところ。
 
 
 


 
 
道中で様々な港に立ち寄って現地の人達の民族衣装を
生で見た事がのちの賢三氏の"フォークロア調"という
作風に大きな影響を与えたと言われるが、
その伝説の船旅とは、一体どんなルートであったのかは、あまり知られていない。
 
そこで賢三氏の過去の様々なインタビュー記事での発言をもとに、
11月に日本を出てからフランスに着くまでのルートをまとめてみました。
 
 

  • 1964年11月、横浜の港から出航して南へ
  • 香港(横浜の約5000km南西)
  • ベトナムのサイゴン(香港の少し南。サイゴンは現在のホーチミンの事)
  • シンガポール(ベトナムの約1000km南)
  • スリランカのコロンボ(インドの南側/シンガポールの約3000km西)
  • インドのボンベイ(スリランカの約1500km北西。ボンベイの現在のムンバイの事)
  • ジブチ(紅海の入り口に位置するアフリカの小国)
  • エジプト/アレキサンドリア(地中海沿い/アフリカとユーラシアの接点/スエズ運河そば)
  • 地中海を西に向けて航海(イタリアの南側を通過)
  • スペインのバルセロナ(地中海に面したフランス付近の都市)
  • フランス南端のマルセイユに到着(地中海沿いの港町)
  • そしてフランス北部のパリへ

 
 
こんな感じのルートであった事が判明。
食事も供給されるグレードの高い船の旅で道中、
その都市(港)にしばらく停留する事もあった中で、
現地の人々の当時の生活ぶりを生で体感する機会に恵まれた。
 
簡単にまとめると、東南アジア・中央アジアと進み、
紅海を進んでスエズ運河を抜けて地中海に入り、欧州に到着した形。
 
 
 

 

 

 
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