山本寛斎は大学時代に日テレでADとして働いていた時期がある

 
 
結婚・離婚を繰り返す浮気性の父に振り回され、
不遇の時代を贈っていた事で知られる山本寛斎氏。
 
そんな寛斎氏は10代を岐阜で過ごしたのち上京し、
東京の日本大学の英文科に入学した。
 
 
大学に通っていた頃はファッション関係の事にたくさんのお金を使う日々で、
金欠状態が続く中、友人からの紹介で特殊なアルバイトを開始した。
 
 


 
 
それは東京都心にスタジオがある日本テレビ(NTV)における
フロアアシスタント(今でいうところのAD/アシスタントディレクター)の仕事。
 
では、どんな番組に関わっていたのかというと、
寛斎氏のメディアインタビューや著書での発言によると、
同局の人気バラエティー番組
「シャボン玉ホリデー」
などの番組を担当していた。
 
 
そんな彼は大学時代に放送作家/タレントで、
のちに東京都知事としても活躍する事になる青島幸男氏などの大物タレントなどと日常的に接していた歴史をもつ。
 
そして、大物タレントと自分を比較し、
どっちのファッションセンスのほうが優れているか、心の中で勝負をしていたという。
 
 


 
 
なおADとして働いて稼いだお金はすべて、
当時流行していたIVY系ブランドの服を買うお金として使っていた事なども明かしている。
 
日テレで働き、給料で服を買う毎日の中で
ファッションの道に進む事を決めた彼はその後、
1967年に「装苑賞」を受賞して脚光を浴び、
1970年代前半から世界各地においてファッションデザイナーとして活躍する事になる。
 
 

 

 

 
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