ユニクロのフリースは柳井正氏ではなく澤田貴司氏の戦略によりヒットした

 
 
中国地方で1984年に誕生した「ユニクロ」は、
アイデアマンで世界的経営者としても知られる柳井正氏指揮のもとで
年をおうごとに店の数を増やし・全国各地に進出し、1990年代に入ると運営会社が株式公開を果たすまでになった。
 
しかし、関東地方で人気が増す中にあっても東京都心には未進出であった。
そんな中、1998年秋に猛者が集う東京の原宿エリアに満を持して進出する事を決定。
 
そのタイミングで市場にリリースされた
「フリース」というトップス商品は

  • 安い
  • 暖かい
  • 丈夫

など色々なセールスポイントを武器に、
アパレル業界並びに国民誰もが驚愕するほどのメガヒットを記録した。
 
そして、この商品は一般的にはアイデアマン・柳井正氏が考案してPR戦略などすべての指揮をとってきたという風に見られている傾向。
 
しかし、実はヒットの仕掛人が別に存在した。
 
 
 


 
 
それは、リヴァンプを経てファミリーマートの社長に就任した澤田貴司氏。
 
大学を経て伊藤忠商事で長くサラリーマン生活をしていた澤田氏は、
柳井正からのラブコールを受けて1997年にファーストリテイリングに入社。
 
そんな澤田氏は入社翌年に柳井氏からある大きなプロジェクトの責任者に指名される。
それは1998年秋オープンの原宿店の責任者。
 
社長からの高い期待を受けて需要な役割を担った澤田氏は、
「どうやったら原宿店が繁盛するか?」
 「どうやったらユニクロのダサい印象を変えられるか?」
とアイデアを練った。
 
そんな中、フリース(フリースジャケット)をキー商品に据え、
様々なPR戦略をとるというアイデアを発案
それを柳井氏にプレゼンしたところ柳井氏も賛同し、
フリースに特化した様々なキャンペーンが行われた。
 
 
それらのキャンペーンはユニクロのイメージ&知名度アップに大きく貢献し、
当時としては驚異的な安さだったフリースは、
ある程度若い国民の多くが1着はもっているといっても過言ではないくらいの驚異的なヒットを記録。
 
そして、ユニクロのイメージが大幅に向上した中で
東京・原宿店も大繁盛した。
 
 
ちなみに、当時のユニクロに関するキャンペーンにおいて、
当時はほとんどメディアに登場する事がなかった、あの松任谷由実が
ユニクロのCMキャラクターに起用された事は大きな話題となった。
また、あのユーミンが宣伝しているブランドという事実は
特にユニクロのイメージアップに大きくかかわっていると言われるが、
澤田氏は大学時代にひょんなことがきっかけでユーミン夫妻と出会い、
当時から交友を深めていた事で知られる。
 
 
 
 
 

 

 

 
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