トヨタはもともと繊維/アパレル業者だった(自動はたおり機の発明が自動車製造に発展)

 
 
トヨタは売上高・株式時価総額共に日本の会社の中で第1位である大企業。
海外事業にも積極的で、海外でも日本を代表する企業として有名。
 
そして、グループ内には様々な関連会社があるが、
一般的には「自動車メーカー」の印象しかないと言われる。
 
そんなトヨタ自動車ながら、実は創業当初から自動車メーカーだったわけではなかった。
 
 
 


 
 
 
トヨタを創業したのは、江戸時代末期に現在の静岡県湖西市(愛知県に隣接)にあたる地域で誕生した豊田佐吉という男性。
 
佐吉は少年時代から世の中の役にたつ事がしたいと考え続けてきた人物で、
発明によって世の中に役に立つ事を目指すようになった。
 
 
そんな中、彼は現地のの農家が性能の悪いはたおり機を使っているのを見て
はたおり機の性能アップへと尽力し始める。
 
 
そして、1890年(24歳の頃)に「豊田式木製人力織機」を発明に成功。
1892年には東京・浅草にて「豊田式木製人力織機」を設置した織布工場を開業。
 
その後は人力に頼らないはたおり機の発明に着手し、
1894年にはさらに効率の良い「豊田式糸繰返機」の開発に成功。
(この機種は自動織機ではない)
 
さらに1896年には日本初の動力織機「豊田式汽力織機」を開発。
 
 


 
 
 
20世紀に入って1911年には豊田自動織布工場を設立。
3年後の1914年には織布工場内に紡績工場を併設すると共に
工場の名称を豊田自動紡織工場へと改める。
 
自動の織り機作りを目指し始めてから30年もの時間がかかったか、
 
1924年には遂に「無停止杼換式豊田自動織機」を完成させ、
圧倒的な性能で、当時の世界において繊維分野の技術最先端を走っていた英国の技術者を驚愕させた。
 
1926年には株式会社豊田自動織機という会社を立ち上げた。
 
と、言ったようにトヨタの原点は明確に繊維・アパレル事業にあることがよくわかる。
 
 


 
 
自働はたおり機の発明にようやく成功した佐吉の息子である豊田喜一郎は、
父・佐吉が亡くなる直前の1929年、欧米の自動車事情を知るために海外に渡る。
 
帰国後、父の死去の時と重なる1930年秋に小型エンジンを試作。
 
1933年秋には(株)豊田自動織機に自動車部門が新設され、
この時期から自動車メーカーへと少しずつ姿を変えていき、
1930年代後半からは自動車関連事業を行う会社へと完全にシフト。
 
第二次世界大戦後には次々にヒット車を開発して国民的自動車メーカーへと成長。
 
海外向けブランド「LEXUS」の車も海外にて高い評価を受け、
その後、世界最大級の自動車メーカーへと発展していったという歴史をもつ。
 
 
 
 
 
 

 

 

 
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