大学時代の田中裕二(爆笑問題)は知人のファッションに厳しい青年だった

 
 
爆笑問題の田中裕二さんと言えば、
洋裁好きの母のもとに生まれた影響で

  • 兄(田中啓一)
  • 姉(山本里美/田中里美)

 
と、2人の年上の兄弟が共にプロのファッションデザイナーである事で有名。
 
 
その中でも、10歳年上の兄である田中啓一氏は、
名門・文化服装学院を経て
松田光弘設立のニコルにて活躍。
その後、コムデギャルソンに移籍して
長く主要デザイナーとして活躍していた実績を持つ、国内トップクラスのデザイナー。
 
そんな兄姉の存在も影響し、
1980年代前半、DCブランドブームが吹き荒れていた日本において、
当時、日本大学・芸術学部(通称=日芸)に在籍していた田中氏は、
校内でファッションリーダー的な存在であったという。
(太田光談)
 
 


 
 
そんな田中氏は大学内において、太田氏など学友の服装に対する
ファッションにうるさい青年で、
「田中のファッションチェックはすごかった(鬱陶しかった)」
と太田氏は度々、様々なメディアで語ってきた。
 
田中啓一氏がDCブランドブームの中心的な存在の人だった
「ニコル」の主要スタッフであった事も、発言の説得力に拍車をかけていたと思われる。
 
 
太田氏は日々、田中氏の厳しいファッションチェックに
ビクビクしながら過ごす中で身だしなみを整えてきたほか、
田中氏の影響により、大学に入って初めて「美容院」という場所に行く事になった事なども語っている。
 
 
 

 

 

 
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