ジル・サンダーは自身創業のブランドから3回も離脱している

 
 
「+J(プラスジェイ)」というユニクロのコラボブランドを通じて
日本人の間でもよく知られている世界有数のトップデザイナー、
JIL SANDER(ドイツ人女性)。
 
世界中では常にデザイナーの交代劇が起こっているが、
特に彼女は出入りが激しい人物として知られ、
ユニクロとの契約も短期間で終わってしまったほか、
なんと2020年時点で「3回」も自身の創設したブランドから離脱している。
(この数字はトップメゾン分野に限ると世界最大ではないかと言われる)
 
 


 
 

詳しい経緯(時系列)

 
 
[1度目の離脱]
1943年にドイツで生まれたジル・サンダーは、
アメリカで経験を積んだのちドイツに戻り、事業をスタート。
1978年に自身の名を冠した「JIL SANDER」というブランドを設立し、
パリコレクションに参加し始める。
1980年代半ばからは発表の場をミラノへと移し、
そこからは長くミラノコレクション(レディース/メンズ)に定着。
 
1990年代に入るとJIL SANDERブランドはミラノトップクラスの
ブランドにまで成長したが、2000年頃に一度ブランドから離脱
 
 
[2度目の離脱]
その後、2003年にデザイナーに復帰し、
2004SSシーズンからJIL SANDERデザイナーとしての活動を再開させたが、
2005SSシーズン(2004年秋)を最後にわずか3シーズンで再び離脱
それにより、JIL SANDERブランドはラフ・シモンズに託される事になった。
 
その一方、ジル氏は2009年春に日本のファーストリテイリングと契約し、
同年秋から「+J」というブランドをユニクロ店舗を通じて世界展開。
ただし、ファーストリテイリングとの仕事が
次第にうまくいかなくなっていき、わずか約2年でファーストリテイリングとの契約も打ち切られた
 
 
[3度目の離脱]
ファーストリテイリングとの契約が終わってフリーな立場である中、
2012年初めにラフ・シモンズがJIL SANDERから離脱すると
創業者に対して白羽の矢が立ち、ラフの後任として再びJIL SANDERに復帰。
 
これまで経営陣との軋轢により何度も様々なブランドを離脱してきただけに
今度は長持ちするのかどうか世界中からの注目が集まったが、
長続きする事はなく、約1年半後の2013年秋にまたブランドを離脱
 
これによって、自身の創設したブランドから3度目の離脱となった事が、世界中で大きく報道された。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 
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