クリスチャン・ティオール氏が認める日本人・上田安子氏

 
 
パリの伝説的なデザイナー、クリスチャン・ディオール氏は、
1947年にコレクションデビューし、
様々な独創的作品を発表していき、あっという間に世界最高ランクのデザイナーとして扱われるようになった。
 
しかし、活動開始からわずか10年である1957年に急死し、
短いデザイナー生活にピリオドが打たれた。
 
 
活動期間が短かった事により、
そんなに日本とのゆかりが深いデザイナーとは言えないが、
ある教育者/デザイナーとの付き合いがある。
 
それは、「上田安子服飾専門学校」の創始者である上田安子氏。
 
 


 
 
1906年に大阪で誕生した上田安子氏は
1930年代からファッションデザイナーとして活動しはじめたほか、
1941年には「上田安子服飾研究所」を立ち上げて教育者としてもスタートを切った。
 
第二次世界大戦後も引き続き、
デザイナーと教育者という2つの顔を持ち続け、活動してきた。
 
そんな時期にオートクチュールの本場であるパリにて
最先端を走っていたのがディオール氏で、上田氏が彼に強い興味を持つようになる。
 
そして、1953年春にはディオール氏に会うために渡仏すると、
彼のアトリエで研修を経験できる事になり、様々なオートクチュール技術を学習した。
 
帰国してからは、
ディオールのアトリエで学んだ最先端のオートクチュール技術を
国内で広め、日本の服飾技術の進化に大きく貢献する。
 
その後もディオール氏が亡くなる1957年までの間に何度か渡仏して
生前のディオール氏との交流を深め、
ディオール氏から上田氏の事を高く評価するメッセージ付きの
グリーティングカードを贈られるほどの関係となる。
 
1957年にディオール氏が死去した事により、
メゾン・ディオールと上田氏との関係は途絶えたが、
当時のグリーティングカードがきっかけとなり、
2017年には上田氏が創設した学校側とディオール側との新たなパートナーシップがスタートした。
 
 
 


 
[参考文献]
上田安子服飾専門学校公式サイト
(グリーティングカードにおいて、ディオール氏がどんな事を書いたのかがわかります)
 

 

 

 
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