専門教育を受けずに独学デザイナーとして成功した主な人物

 
服飾専門学校や美術大学のデザイン/繊維系学科などでの
高等な専門教育を受ける事なく、
独学で服作り・デザイン技術を覚えて成功した
日本の海外のデザイナーはいるのか?いないのか?
と気になっている人向けに、主な該当人物を紹介。
 
 

国内の主な該当人物

 
 

君島一郎

1990年代後半に遺産相続問題で一躍時の人となったデザイナー。建築系の学校を出た人物で、もともとは建築デザイナーをしていた。そんな彼は1960年代にファッションデザイナーへと転身し、1980年代あたりからパリコレ・東京コレクションなどで活躍。

△川久保玲

1943年生まれ。慶応大学を経てスタイリストなどとして働いたのち、1969年にコムデギャルソンを立ち上げた。そして、同世代かつ慶應退学出身という共通点をもつ山本耀司氏と共に1980年代前半から世界的デザイナー&経営者として活躍。特に高いIQをもつ彼女の経営能力は世界最高ランクとも称される。ただし、公式プロフィール上は公表されていないものの、時期不明ながらセツ・モードセミナーに在籍していた時期が存在する事が、セツ関連本などで明らかになっている。在籍時期の長さなどは不明。

山本寛斎

1944年生まれ。結婚と離婚を繰り返す父親に振り回され、少年時代は全国各地を転々としていた。そんな彼は高校時代を岐阜で過ごしたのち、1962に東京の日本大学(英文科)に入学。1964年に中退してからはコシノジュンコのアトリエでお針子として働きながら、独学で服作りを学んだ。そして1967年に装苑賞を受賞。1970年代からはロンドン・パリ・ニューヨークなど世界各地にて一流デザイナーとして活躍。

大川ひとみ

1947年生まれ。兵庫県出身。もともとは写真の方面で成功する事を目指していたが、1970年に当時はまだ過疎地だった東京の原宿でMILKを開業し、独学で服作りを学び、MILK/MILK BOYを日本を代表する東京ブランドへと育て上げた。東京コレクションにも長く参加し続けてきた歴史をもつ。

荻野いづみ

1954年生まれ。夫の仕事を手伝う形で服飾系の仕事に携わる事になり、ビジネスマンとして活躍。その後、PRADA関連の仕事から離れて1993年にANTEPRIMAを設立し、1998年から長くミラノコレクションで活躍。

宮下貴裕

1973年生まれ。ネペンテスという店で企画・プレススタッフとして働いたのち、「NUMBER (N)INE」を立ち上げて2000年代前半にはパリコレに進出。同ブランドを2000年代後半に解散させたあとはTakehiro Miyashita the Soloistという新ブランドで再び活躍。独学でノリ上がって来た人物として有名

柳川嵐士

1975年生まれ。もともとはプロボクサーとして活躍していたが、2000年代前半に引退。ボクシングと並んでファッションも好きだったことから、引退後は独学で服作りを学び、類まれなる才能で短期間のうちに高い技術を習得。そして、JOHN LAWRENCE SULLIVANというブランドでの東京コレクションでの下積みを経て2010年代前半からはパリコレやロンドンコレクションで活躍。

黒木理也(Masaya Kuroki)

Maison Kitsuneデザイナーデュオの一人。日本出身ながら10代の頃にパリに住んでいた。その後は長く建築を学び、卒業後は建築事務所で働いていた時期もあり。建築系の仕事をする一方で古着屋でのバイトもかけ持っていた中、相方のフランス人と出会い、2002年にブランドをスタート。

藤原ヒロシ

1980年代から音楽シーンでDJとして活動。1990年代には「グッドイナフ」というストリート系ブランドのデザイナーとして活躍。21世紀に入ってからも様々なデザイン系の仕事をしてきた。

リヒト

1990年代半ばにメンズノンノモデルとして活躍したのち、1997年からは数年間に渡って国内各地にてメンズスーパーモデルとして活躍。そんな彼は海外にて様々な世界的デザイナーの仕事ぶりを間近でみたのち、2000年にCICATAというブランドのデザイナーとして国内で大活躍

ARATA(井浦新)

1990年代半ばから後半にかけて、伊勢谷友介・リヒトなどと共にメンズノンノのモデルとして活躍。モデルとしての活動が一段落すると友人と共にREVOLVERというストリート系ブランドを立ち上げて一時期デザイナーとして活躍していた。

伊藤壮一郎

YMOの高橋幸宏の甥っ子。1977年生まれ。独学で服作りを覚えて青山学院在学中にsoeというブランドを立ち上げた。そしてわずかな期間で東京コレクションにデビューした経歴の持ち主

小泉智貴(TOMO KOIZUMI)

1988年生まれ。Dior時代のジョン・ガリアーノに憧れ、10代の頃から独学で服を作り始めた。その後、専門学校に通う事なくコスチューム系デザイナーとして大成功。

 
風貌的に、いかにも独学で成功してきたかのように見えるNIGO氏も
名門・文化服装学院の出身者であり、独学で成功した人物ではない。
 
 
 


 
 

海外の主な人物

 
 

ココ・シャネル

不遇の少女時代を経て歌手などとして活動。その後、パートナーの支援を受けて1910年、パリに帽子店を開業。その後、次々に画期的な作品を発表してあっという間に世界的デザイナーとして成功。商才の高さでも有名。

ソニア・リキエル

若い頃に結婚して主婦をしていたが、その後、独学でニット作品のデザインをスタートし、1960年代後半からは本格的な活動を開始。そして、パリコレに進出して「ニットの女王」と称されるほどにまで成長した。

ラルフ・ローレン

NYの老舗紳士服系ブランドてあるブルックスブラザーズにてスタッフとして勤務したのち、ネクタイデザイナーとしての活動を開始。そして、デザイナーとしての能力と高い経営能力を活かしてNY最高ランクのデザイナーにまで成長。

トム・ブラウン

若い頃は俳優活動をしていて、大学で専攻していたのも経営学。30代に入ってからアパレル業界でのキャリアをスタートさせ、短期間の間に世界的デザイナーへと成長した歴史をもつ

△ジャックムス

1990年生まれ。2010年頃に若干19歳で「JACQUEMUS」を立ち上げてから数年でパリコレに進出という経歴を持つ天才。一般的には独学で成長してきた人物として扱われている。ただし、実際にはわずかな期間だけ服飾系専門学校に在籍していた時期がある事が判明しているため、完全な独学ではない。

 
その他、古い時代の世界的なデザイナーの中には、
専門教育を受ける事なく独学で成功した人物がまだまだ多数存在。
 
 
 
 

 

 

 
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