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コムデギャルソン出身の主なデザイナーが知りたい

 
たくさんの有能な人物を輩出してきた、
川久保玲氏率いる株式会社コムデギャルソン。
 
そんな同社出身者にはどんな人がいるのか知りたい人のために主な出身者をご紹介します。
 
以下、CDGはComme des graconsの略です。
 
 

田中啓一

ニコル社から移籍し、1990年から10年以上に渡って主要スタッフとして在籍。そして「コムデギャルソン・オム」などのデザイナーを歴任。CDG退社後はフリーのデザイナー・評論家として活動。

石黒望

1985年から1997年からCDGで勤務。その後、nozomi ishiguroのデザイナーとして東京コレクションで活躍

伊藤弘子

1994年から1998年までCDGで小物企画生産の仕事をしていた。その後、HISUIというブランドを立ち上げて東京コレクションで活躍

阿部潤一

退社後、kolorというブランドを通じてパリコレで活躍

阿部千登勢

阿部潤一夫人。出産・妊娠によりCDG退社。その後、主婦をしながらsacaiというブラントを立ち上げて国内で成功。2010年代に入るとパリコレに進出して年商100億円以上のブランドに成長させた。

堀畑裕之

matohuデザイナーの一人。著書のプロフィール情報によると、文化服装学院を出てからCDGで勤務していた時期があり。

武内昭

シアタープロダクツデザイナー。CDGでパタンナーとして働いていた時期があり。

熊切秀典

beautiful peopleデザイナー。1997年に文化服装学院を卒業したのち、CDGでパタンナーとして活躍。その後、自身のブランドを立ち上げてパリコレに進出。

相澤陽介

White Mountainneringデザイナー。多摩美術大学を卒業したのちブランドを立ち上げる前に5年ほどCDGに在籍し、ジュンヤワタナベのスタッフとして活動していた

落合宏理

FACETASMデザイナー。詳しい時期は不明ながら東京レクション公式サイト内のインタビュー記事によると、文化服装学院を卒業してからCDGで働いていた時期があるそうです。

山縣良和

ロンドンのセントマーチンズをジョン・ガリアーノのデザイン・アシスタントとして活動。その後、帰国して2000年代後半に「writtenafterwards」を立ち上げて東京で活躍

城賀直人

専門学校を経て渡仏し、LANVINにて当時デザイナーのアルベール・エルバスに師事。帰国後は「et momnakia」を立ち上げて東京コレクションで活動

丸龍文人(がんりゅうふみと)

CDG在籍時から「GANRYU」という社内ブランドのデザイナーとして活躍。退社後は「FUMITO GANRYU」を設立して国際的に活躍し出した。

富塚尚樹

フランスでの修行を経て帰国後にCDG入りし、トリコ・コムデギャルソンのスタッフとして活動。その後、独立してLirotoを立ち上げて2018年春に東京コレクションデビュー

古田泰子(アルバイト)

川久保玲を尊敬するTOGAデザイナー。8か月間ながらアルバイトとしてCDGで働いていた時期がある事が判明している。

 
 


 
[主な参考文献]
東京コレクション公式サイト
各デザイナー公式サイトの公式プロフィール
 
 
 

 

 

 
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