オードリー・ヘップバーンには親交のある日本人の友人が1人いる

 
 
オードリー・ヘップバーンと言えば、
全世界の女性達の憧れの存在として知られる世界的スターで、
日本の幅広い世代の女性達からも極めて高い人気を誇る。
 
そして、「ティファニーで朝食を」に出演したり
ジバンシィ関連の仕事で来日するなど
ファッション刊゛関連する仕事も多くこなしてきた事で知られる。
 
 
そんなオードリーが生前付き合いのあった日本人は僅かに存在した事が
判明しているかせ、その中でも一人「親友」と言われるほど
親交が深かった日本人女性が一人いる。
 
 


 
 
それは、男性優位の社会の中で、
昭和時代からショービジネスの世界で
女性という立場ながらバリバリのビジネスウーマンとして
大活躍してきた1945年生まれの加藤タキさん。
 
平成時代に入ると、コメンテーターなどとしてもお馴染みの存在となった彼女は東京都出身。
 
アメリカ留学を経て英語をマスターし、
アメリカの有力報道誌の東京支社のスタッフとして活動しはじめる。
 
2年が経過して雑誌の仕事から離れるタイミングで
アメリカから来日する「モンキーズ」というスターの
通訳の仕事を頼まれた事がきっがけとなり、
以降は通訳の仕事が本業となっていった。
 
通訳の仕事をする中で音楽じしむしょの社長と結婚する事になり、
夫の仕事を手伝う中で、1970年代には世界的スターである
オードリー・ヘップバーンの日本で放送されるCMのキャスティングに成功。
 
 
 


 
 
オードリーと仕事がらみで出会うきっかけとなった夫とは離婚。
その後は通訳としてだけでなく、
明るい性格や話上手である事を活かしてラジオDJなど、表舞台での仕事もするようになっていった。
 
 
その後、1980年代前半にオードリーと再会する機会に恵まれ、
1993年にオードリーが亡くなるまで、
約10年間に渡って親交を深めた。
 
 
死後もオードリーの家族との交流は続き、
2004年にはオードリーの息子である
ショーン・ヘップバーン・フェラーが出版した
母の事を語る貴重な著書の監修を務めている。
 
 
 
 
 

 

 

 
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