新選組の土方歳三は松坂屋(百貨店大手)の上野店元スタッフ

 
 
歴史好きの人達の間で、
「最後の武士」といった風に形容される
新選組の鬼の副長・土方歳三は極めて人気が高い。
 
甘いマスクもあり、若い女性のファンが多い事でも知られ、
生きていた頃は、その人間もあって女性にモテモテであったと言われる。
 
そんな現代の人々の間でもおなじみの「最後の武士」であるが、
武士の家に生まれたわけではない彼は若い頃、以外な仕事をしていた。
 
 


 
 
彼が生まれたのは東京の西部に位置する
JR中央本線・京王線沿いの街・日野市にあたる地域。
(武蔵国多摩郡石田村)
 
幕末の1835年にこの地域の農家の息子として生まれた彼は、
日野で出会った近藤勇などと共に京都に向かって武士となる前、
当時の風習の中で10代前半から20代前半の頃まで、
約10年に渡って家のために働く(丁稚奉公をする)生活をおくっていた。
 
一つは家業に関連した薬の行商で、東京都地域のみならず、
現在の臨検にあたる地域まで訪れて「石田散薬」という漢方薬のセールスを行っていた。
 
もう一つは呉服店の見習い(丁稚奉公)というもの。
 
大丸松坂屋百貨店公式サイトの記述によると、
1835年に生まれた彼は日野を出た10代前半の頃、
松坂屋(松坂屋呉服店)の上野店にて丁稚奉公(見習い)生活をしていた。
(当時は何でも扱う「百貨店」ではなかった)
 
また別の記述によると17歳の頃には
上野店の支店にあたる木綿問屋で働いていたという公式記述もあり。
 
 


 
 

  • 呉服店の見習い(アパレル業界での経験)
  • 漢方薬の行商

といったビジネスを10代前半から20代前半にかけて経験し、
厳しい教えの中で人間性・ビジネスセンスなどを学んでいった土方はその後、
「(農家の出身ながら)武士になりたい」
という夢を叶えて京都にて治安維持の役に立ったり
戊辰戦争という内戦が起きた時に各地で活躍する事になるが、
統率力や交渉能力の高さで知られる彼のその能力は、
厳しい丁稚奉公時代(商人時代)に培ってきた部分が強いと推測されている。
 
 
 
 
 
 

 

 

 
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