丸山敬太の父は元プロ野球選手・丸山完二

 
 
1965年に東京都心で生まれた丸山敬太は、
憧れのデザイナーである高田賢三氏が巣立った
東京・新宿エリアの文化服装学院で様々な事を学んだのち、
企業デザイナーを経て独立し、
「KEITA MARUYAMA TOKYO PARIS」
というブランドを立ち上げて1994年に東京コレクションにデビューした。
 
 
その後、短期間の間にブランドは東京コレクションの顔へと成長し、
1997年には、かねてからの目標であったパリコレ進出を果たす。
そして、2007年まで10年に渡ってパリコレにて活躍し続けた歴史を持つ世界的デザイナー。
 
そんな丸山氏は実は、あるプロ野球選手の息子であった。
 
 


 
 
それは、立教大学を経て、現在のヤクルト・スワローズにあたる
「国鉄」というチームに加入したプロ野球選手の丸山完二
 
日本野球機構の公式年度別成績
http://npb.jp/bis/players/81883825.html
 
 
1940年1月生まれで1962年に国鉄に加入すると、
ルーキーイヤーから主力として活躍。
その後もレギュラークラスの選手として約10年間活躍し、
1971年にヤクルトを退団して現役生活を終えた。
 
年間安打数が100を超えたシーズンもあるほか、
晩年の1969年には年間9本のホームランをマークしている。
 
引退後は、ヤクルトのコーチ・フロントスタッフとして活躍した。
 
 
 
 
 

 

 

 
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