鮎川誠(シーナ&ロケッツ)の娘はパリコレでシャネルに出演

 
 
1978年に夫婦である鮎川誠&シーナ(本名=鮎川悦子)を中心に結成された
「シーナ&ロケッツ」というロックバンドは、
同年にデビューしたのち、1980年前後に音楽業界で大活躍した。
デビューイヤーには、あのエルヴィス・コステロとライブで共演した事もあり。
 
主要メンバーである鮎川誠&シーナは、
1975年に結婚したが、その夫妻には3人の子供がいる。
そのうち結婚の翌年・1976年に生まれた長女の陽子(鮎川陽子)は、
1996年からモデル事務所に加入して国内でのモデル活動をスタートさせた。
 
身長がそんなに高くない事もあり、
当初は国内で雑誌モデルとして活動していたが、
ある時期に英国の世界的雑誌「i-D」で"日本のトップモデル"として紹介される、という大きな出来事が起こる。
 
それがきっかけとなって海外の世界的なモデル事務所入りする事に成功。
そして、海外でのモデル活動を本格的にスタートさせた中、
シャネルのカール・ラガーフェルドから気に入られ、
1999年秋に開催されたパリコレ(プレタポルテ)では、
世界一出演するのが難しいとされる全世界のモデルの夢の舞台、
「シャネル(CHANEL)」
のランウェイショーのモデルに大抜擢され、
世界中から集まったスーパーモデルの一人としてショーに出演した。
 
なお当時、同じような体格・雰囲気のデヴォン青木という
カール・ラガーフェルドのお気に入りモデルが活躍した例はあったものの
基本的にシャネルのショーに身長170cm未満のモデルが出演するのは
絶望的な中、168cmという身長ながら見事にシャネルのパリコレに出演したという出来事は、日本のモデル業界史に残る大きな快挙だと言われている。
 
その後、陽子は東京コレクションなどでも活躍するようになり、
低身長ながら国内でもトップモデルとして扱われるようになった。
 
 
 
 
 


 
[参考文献]

  • シーナ&ロケッツ公式サイト
  • 鮎川陽子公式サイト

 
 
 
 

 

 
 
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