ユニクロの「+J」プロジェクトを手がけたのは柳井正氏ではなく勝田幸宏氏

 
2000年代前半から半ばにかけて、
日本のユニクロというブランドは、
機能性の高さは世間的に認められていたものの、
スタイリッシュなイメージとは無縁の存在であった。
 
そんなユニクロであったが、
2009年にそのイメージを一変させる大きな出来事が起こる。
 
それは、世界最高峰のファッションデザイナーの一人で、
自身が立ち上げたブランドから離脱後に休養生活をしていた
JIL SANDERとの契約を結び、「+J」というコラボブランドを立ち上げた事。
 
 


 
 
世界最高ランクのデザイナーが監修するブランドだけに
機能性
デザイン性
 
などすべてが揃う「+J」の商品は日本のみならず、世界各地で大ヒット。
それによって海外でのユニクロの価値も一気に上昇した。
 
 
このコラボは、一般的にはファーストリテイリング社長会長の
柳井正氏が装飾性を嫌うミニマリストがジル氏の思想と重なるため、
柳井正氏がオファーを出し、交渉もしてプロジェクトが実現したと思われている傾向
 
ただし、実施にオファーを出し・交渉を行ったのは別の人物であった。
 
 
 


 
 
その人物とは、
2009年のプラスジェイ開始に関する大規模な記者会見に、

  • 柳井正
  • ジル・サンダー

両氏と共に参加していた勝田幸宏氏。
 
当時はまったく無名の存在であったため、
その名や実力・経歴を知らない人が大半であった。
 
 
そんな勝田氏は海外でアパレル業界の仕事に長く携わってきた
敏腕ビジネスマンで、交渉事が上手な人物。
 
伊勢丹が絡むバーニーズニューヨークなどを経て
2000年代半ばにファーストリテイリング入りしたが、
ユニクロの世間的なイメージがあまり良くない事を感じていた。
 
 
そんな中、自らの提案でデザイナーインビテーション企画をスタートさせ、
国内外の様々なデザイナーとのコラボ話を巧みな交渉術で実現させ、
少しずつユニクロのイメージを変えていった。
 
 
さらなるイメージの変化を目指す中で目をつけたのが、
親会社となったプラダグループとの確執により、
2000年代半ばにJIL SANDERブランドを去った字いつ人のジル・サンダー氏。
 
 
彼女はユニクロのものづくり同様に装飾性を極力省いたものづくりをしてきた究極のミニマリストで「ミニマリズムの女王」などと称されてきた人物、
 
 
ユニクロの思想とマッチするという事で、
ユニクロの存在を引き上げてもらうため、
ジル氏に対してオファーを出し、見事な契約話をまとめあげて
2009年に「+J」をスタートさせた。
 
その後も優れた交渉人として数々の企画を実現させており、
ファーストリテイリングにおける存在感を強めている。
 
そして、「+Jの仕掛け人」としてアパレル業界における注目度も急上昇中。
 
 
 
 

 

 

 
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