柳井正が2000年代初頭に次期社長として最初に指名したのは玉塚元一ではなく澤田貴司だった

 
 
 
ファーストリテイリングの実質手的な創業者である柳井正氏は、
圧倒的な経営能力にて「ユニクロ」を約15年で国内有数のブランドへと育て上げた人物。
 
そんな柳井正氏(1949年生まれ)は2000年前後の頃、
"経営者は若い世代のほうが良い"という考え方のもと、
自身が50代に突入した中で自らは会長職に退き、
部下のいずれかに社長職を愛ずる事を検討していた。
 
 
複数の優秀な候補の中から、
日本IBMを経て1998年にファーストリテイリング入りし、
当時のユニクロブームに貢献した人物の一人である
玉塚元一氏(1962年生/当時40歳)が2002年に新社長に就任。
 
そこから2005年に柳井氏が社長職に復帰するまで、
玉塚氏が40代前半の若さで3年間に渡ってFRを率いてきたが、
実は柳井氏が次期社長として最初に指名したのは玉塚氏ではなかった。
 
 


 
2000年代初めに
柳井氏が次期社長として最初に指名したのは、
玉塚氏より5つ年上で玉塚氏より小売・流通分野での実績が豊富な澤田貴司氏(副社長)。
 
澤田氏は1981年に大手商社の伊藤忠商事に入社してから、
15年以上に渡って同社にて大活躍したのち、
1997年にファーストリテイリングへ入社。
 
そして、ユニクロの原宿進出の仕事を任されると、
目玉商品として投入したフリースをメガヒットさせるなど、
柳井氏と並ぶくらいファーストリテイリングにおいて当時、大活躍してきた。
 
そんな中、複数の候補の中から柳井氏は次期社長候補を澤田氏に絞り、
自ら直々に社長就任のオファーを出した。
 
一度はその要請を軽く承諾した澤田氏ながら、
最終的には、その要請を固辞
 
 


 
 
では熟慮の末、
ファーストリテイリングの社長の座はとてつもなく名誉のある役職ながら
何故、社長就任の要請を断ったかというと、
のちのちに様々なメディアで語るご本人発言によると
"会長職に退いたとしても(能力が圧倒木なため)実質的には
社長の座に居続ける事になる柳井氏の下で肩書きだけの社長職をしていても意味がないと思ったから"
との事。
 
 
澤田氏からの断りを受け、最終的に澤田氏より若い玉塚氏が2002年に社長に就任。
 
しかし、ワンマン経営者(良い意味で)として知られる柳井氏は
澤田氏の予測通り会長になってからも会社に対して強い影響力を持ち続け
FRの経営の踊り場状態が続く中で、
我慢ができずに若い玉塚氏を異動させて
自らが社長に復帰する選択をし、玉塚氏はそのタイミングで会社を去り、
先にFRを退社していた澤田氏とリヴァンプという会社再生事業の会社を共同経営する事になった。
 
 
ただし、柳井氏と澤田氏・玉塚氏は決して喧嘩別れしたわけではなく、
FR退社後もわずかながら交流が続いている事がメディアを通じて報じられている。
 
 


 
 
[補足]
澤田氏は社長を断った理由について度々聞かれる中で、
"(偉大な経営者から引き継ぐ事に)自信がなかったから"
というような発言をしている場合もあり、本当の真意はわからない部分もあり。
 
 
 

 

 

 
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