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神田うのはモデル/デザイナー両方でパリコレに参加した芸能界初の人物

 
1990年代前半に芸能界で活躍しはじめた神田うのさんは、
1990年代後半に入ると活躍の幅を広げていきました。
 
そして、コシノジュンコさんのTBSラジオの番組「MASACA」に
神田うのさんが出演した時の公式的な話によると、
うのさんはコシノジュンコさんのブランドのパリコレにモデルとして出演したそうです。
 
[注記]
ブランド名は不明ながら、コシノジュンコさんは「JUNKO KOSHINO」というブランドで1978年から2000年までパリコレに出展したという歴史をもつため、「JUNKO KOSHINO」のショーに出たものと思われます。
 
 


 
2000年代に入ると神田うのさんはますます活動の幅を広げ、
ファッションデザイナーとしても活動するようになりました。
 
そんな中、2000年代初頭には
「シェーナ・ドゥーノ(Scena D'uno)」
とうウェディングドレスブランドを立ち上げます。
 
うのさんの抜群の統率力と才能でそのブランドはどんどん成長していき、
2004年には遂に、あのパリコレ出展を果たしたという歴史を持ちます。
 
 
芸能人の中でパリコレにモデルとしてゲスト出演した人が多数存在しますが、
その後、デザイナーとしてパリコレに出展できた人は一人も存在せず、
うのさんは日本の芸能人の中で
「モデル/デザイナー両方でパリコレに参加した初めての人物」
になりました。
 
海外で言うと、ユニクロとのコラボで有名な
1980年代のスーパーモデル、イネス・ド・ラ・フレサンジュが
1990年頃にモデルを引退したのち自身の名を冠したブランドを立ち上げ、
パリコレ出展を果たしたような例がありますが、
両方でパリコレに参加するという事は極めて難しく、
この神田うのさんのキャリアは快挙だと言われています。
 
 
 
 


 
[参考文献]
TBSラジオ「コシノジュンコのMASACA」公式サイト
神田うのさんの著書に掲載されている公式プロフィール情報
 
 
 

 

 

 
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