オードリー・ヘップバーンは元モデルで洋服のデザインを趣味としていた

 
 
オードリー・ヘップバーンと言えば世界中の女性が憧れる20世紀の大女優で、
日本にもたくさんの熱烈なファンが存在。
 
そんな大女優の彼女ながら、美しい容姿が目に留まって
苦労せず女優として成功したわけではなく、実は下積み時代に別の仕事もしていた。
 
 


 
 
それは、ファッションモデル。
 
1929年にベルギーのブリュッセルで誕生した彼女は、
幼少期に第二次世界大戦の影響でロンドンに移住。
 
10代後半となった戦後はオランダのアムステルダム 滞在を経て
1948年から再びロンドンで生活しはじめ、
バレリーナを目指してバレエ学校に通い始めた。
 
その20歳前後の頃、スカウトきっかけであるのか、
自らを事務所に売り込んだのかは不明ながら

  • 約170cmという高い身長
  • スラッとした映しいプロポーション

を武器として、実は生計を立てるためにファッションモデルとして活動していた時期がある事が判明している。
 
 


 
 
そんな中、あるミュージカルに出演した事をきっかけとして
女優として活動しはじめるようになり、
1951年にイタリアロケ敢行の長編映画「ローマの休日」主演女優に大抜擢され、大ブレイク。
 
なお、モデルとして活躍する事を夢見ていたティーンエイジャーではなかったため、
モデルとしての活動期間は短かったと思われるものの、
バレエに対する情熱は強く、女優として大ブレイクしてからもバレエのレッスンを続けていた事が判明している。
 
 


 
 

洋服のデザインを趣味としていたオードリー

 
 
仕事を通じてパリを代表するファッションデザイナーである
ユペール・ド・ジバンシィと親交がある事で有名なオードリー。
 
そんな彼女には、ファッション関係の趣味を持っていた。
 
googleで記事が無料公開されている雑誌「LIFE」の
1953年12月7日号における、
「麗しのサブリナ」撮影中オードリー・ヘップバーンに
密着した特集記事によると、彼女は洋服のデザインを趣味としているという事実が紹介されており、
撮影の合間にスケッチブックに洋服のデザイン画を描いている貴重な写真が掲載されている。
 
その写真に写り込んでいるデザイン画の完成度はかなり高いもので、
もしファッションデザイナーとして本格的に活動していたら
どのような人生になっていたのか興味深い。
 
 
 
 
 

 

 

 
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