KENZO出身の主なデザイナー/業界人情報

 
 
東京五輪開催に伴って住んでいた共同住宅が取り壊される事になり、
住み替え費用として多額のマネーをゲットした高田賢三。
 
彼はそのマネーを活用して1964年秋に渡仏すると、
当初半年で帰国する予定だったものの現地でデザイナーとして勝負する事を決意。
 
メーカー勤務を経て1970年に「jungle jap」という店を作り、
KENZOブランドを立ち上げると、
オートクチュール(高級注文服)の人気は下がっていく一方、
プレタポルテ(既製服)の人気がどんどん高まっていく時代の中で
 
一気に世界的なデザイナーへと成長。
 
そして、KENZOブランドは世界有数のプレタポルテ専業ブランドになった。
 
 
そんな偉大なブランド「KENZO」で過去に働いていた時期がある主な人物を紹介。
 
 
 

KENZOの主な出身者

 

  • 佐々木勉
    • 高校生の頃に高田賢三への憧れをもつようになり、彼の出身校である文化服装学院に入学。在学中に「KENZO」賞という高田氏関連の賞を受賞し、憧れの人物との対面に成功するとと共にKENZO入りを打診される。ヨウジヤマモト入りがすでに決まっていたためKENZO入りはならなかったが入社から4カ月が経過して再び賢三氏本人からオファーを受けてヨウジ社社からケンゾー社へ移籍。そこから賢三氏の右腕として長きに渡って活躍してきた。1993年にKENZOブランドがLVMHに買収されてからも引き続きスタッフとして勤務
  • 入江末男
    • 1970年頃に渡仏し、立ち上げられたばかりのKENZO入りすると、そこから約10年間スタッフとして活躍。KENZOから独立したのち、1980年代に「IRIE」という自身のブランドを立ち上げてパリコレで活躍
  • ジャン・トゥイトゥ(Jean Touitou)
    • 日本での人気が高いフレンチカジュアルブランド「A.P.C」のカリスマ創業者/デザイナー。若い頃にKENZOにてスタッフとして働いていた。その後、アニエスベー勤務を経て1987年にA.P.C.を創設。このブランドを世界的な既製服ブランドへと成長させた
  • 近藤淳子
    • 初期の重要スタッフ
  • 安斉敦子
    • 賢三氏の店「ジャングル・ジャップ」の立ち上げに参加。その後、1983年には入江氏の「IRIE」ブランド創設にもかかわっている
  • 久保公美子
    • jungle japの初期スタッフ。帰国後は日本のハイファッション誌でスタイリストとして活躍
  • 小篠ゆま
    • 賢三氏の親友として有名なコシノジュンコの姉、コシノヒロコの次女。文化服装学院を卒業したのちパリに渡り、しばらくKENZOで修業を積んでいた時期があり。その後はロンドンに渡り、叔母であるコシノミチコのもとでさらに修行を積む。帰国後に「YUMA KOSHINO」を立ち上げてデザイナーとして活躍

 
 
KENZO出身者の中で特に成功した人物として知られるのは、アーペーセーのジャン氏。
 
 
 
トリビア

  • 丸山敬太氏は少年時代からKENZO/高田賢三の大ファンで、文化服装学院卒業後は渡仏してKENZOで働く事を強く望んでいた。実際に卒業すると渡仏して賢三氏本人とコンタクトをとる事に成功したが、本人からまずは日本で修行を積んだらどうかと進言される。その助言を聞き入れて日本のメーカーで所業を積んだのちKEITA MARUYAMAを立ち上げ、1997年にパリコレデビューを果たした。

 
 

既に成功してからKENZOに招かれた人物

 

  • アントニオ・マラス
    • ミラノでデザイナーとして活躍後、KENZOに招かれて2000年代前半からKENZOのデザイナーとして活躍
  • ウンベルト・リオン6キャロル・リム
    • 日本でも有名なセレクトショップ「OPENING CEREMONY」の創業デュオ。アントニオ・マラス退任後、KENZOに招かれて2011年から2019年までデザイナーとして活動。KENZOブランドの若者層における人気を一気に高めた功労者
  • フェリペ・オリベイラ・バティスタ
    • LACOSTEのデザイナーとして2010年から長くパリコレで活躍。ウンベルト&キャロルの後継者として2019年夏、KENZOに招聘される

 
 
 
 

 

 

 
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