柳井正はソフトバンク業績躍進の陰の立役者(うまく孫正義を操縦してきた)

 
 
ファーストリテイリングの柳井正氏(1949年生まれ)
西日本地域にてビジネスを成功させ、
1990年代後半に東京進出を果たす。
 
そんな中で同じく西日本地域出身である実業家の
ソフトバンク・孫正義氏(1957年生まれ)と出会って意気投合し、
2001年6月にソフトバンク社の社外取締役に就任。
 
その柳井氏は、名前だけ一応社外取締役の一覧に掲載されているだけの
幽霊に近い存在ではなく、
ソフトバンクの内部スタッフと言っていいほど同社と距離を保ち、強い影響力を誇ってきた。
 
 
 


 
特に自分の欲望のままに行動しようとする
8歳年下の孫正義氏にとっての「ブレーキ役」としての働きぶりは有名で、
孫正義氏は、度々、柳井氏が暴走しそうになる自分にとっての大きなブレーキ役になって呉れてきた事への強い感謝をメディアを通じて表明している。
 
取締役会には100%の確率ではないものの高い確率で参加し、
(ソフトバンク社のプレスリリース記事参考)
社外取締役の役割とは納得いかなければ反対意見を言うのが仕事だと言う考え方のもと、
同社の重要戦略に関して、一切遠慮する事なく
賛成・反対の意見を述べてきた
 
なお、2004年秋にソフトバンクがダイエー・ホークス買収案件に関しては、
孫正義氏が取締役たちの意見を聞かず、
勝手に名乗りを上げてしまった案件のため、
直後の取締役会では、勝手な行動をした事に関して
柳井氏から大目玉を食らった事を明かしている。
(柳井氏の怒りがおさまったのち、買収に名乗りを上げてしまった以上は必ず買収を成功させてほしいと諭された)
 
 

 
 
 
孫正義氏は世間が思う以上に大博打を打つ存在と言われている中、
納得いかない戦略に関しては口うるさい取締役として
ズバズバ反対意見を言う柳井氏がもしソフトバンクの役員でなかっったら、
ギャンブラーの孫正義氏が大きな賭けに失敗して
倒産するような事態に見舞われていたかもしれず
柳井氏が取締役として果たしてきた役割は極めて大きいと言える。
 
 
 
 
 
 

 

 

 
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