洋服店チェーンのしまむらは、もともと呉服店だった

 
 
 
 
洋服と呉服(和服)とは相反するもので、
人に例えるとライバルと言える存在。
 
そんな中、海外から西洋文化がどんどん入って来た
大正時代や昭和時代においては、洋服と呉服に関する事で
様々ないざごさが起きてきたと言われる。
 
コシノ3姉妹の母である小篠綾子(実家が呉服屋)が
呉服店を継ぐ事なく、洋装の道に進んで洋装店を開こうとするにあたって
両親と対立した事・反対を受けたという出来事は有名な話。
 
 
 
大体の日本の洋服店チェーン展開企業は
個人の洋服店や紳士服店などから進化してきた歴史をもつが、
大手チェーンの中で一つ、得意な歴史をもつ企業が存在する。
 
それは、ユニクロと並ぶ格安衣料品チェーンの「しまむら」
 
 
 


 
 
「しまむら」の前身は、
もともと埼玉県の秩父付近に位置する小川町にて
呉服店を個人で営んでいた。
 
1953年に個人から法人になり、株式会社島村呉服店が誕生したが、
会社設立当初から呉服に加えて既製服の取扱いをスタート。
 
1950年代後半には総合衣料品店化が一段と進み、
1961年には小川町付近の東松山市に会社にとっての2号店をオープン。
 
1972年には法人名を株式会社島村呉服店から
株式会社しまむらに改称してますます洋服店としての顔緒を強め、
1980年代に入ると、埼玉県に住む女性(主に主婦)にとっては
おなじみの格安洋服店というイメージが定着。
 
1980年代後半からは県外への出店も加速し、
1990年代に入ると、「国内屈指の洋服チェーン店」へと成長していったという歴史をもつ。
 
その後、ヤングカジュアル業態「Avail」や
オシャレな雑貨を扱う業態「シャンブル」などもスタートし、
今ではまったく呉服店のイメージのない企業へと転換している。
 
 
 


 
 
【参考文献】
しまむらHP社史
 
 

 

 

 
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