「装苑賞」の主な歴代受賞者一覧

 
 

装苑賞とは?

 
文化服装学院の出版部門である文化出版局が1936年に創刊した
「装苑」という雑誌の創刊20年を記念して1956年に誕生した公募型の賞。
文化服装学院の生徒や卒業生しか応募できないわけではなく
幅広い若手デザイナーが応募する事が可能で、
創設直後からデザイナーの卵たちから大きな注目を集める存在に。
 
一般的には「若手デザイナーの登竜門」などと称されており、
これまで多数の国際的デザイナーを輩出してきた。
 
 
 

主な歴代受賞者

 

小篠順子(1960年/第7回)

小篠3姉妹の次女・コシノジュンコの事。1978年から2000年まで「JUNKO KOSHINO」ブランドでパリコレで活躍

高田賢三(1961年/第8回)

KENZO創業者。1964年に渡仏し、1970年代から世界最高ランクのデザイナーの一人として1999年まで活躍

やまもと寛斎(1967年/第21回)

彼は文化服装学院生徒ではない。1970年代から世界各地で活躍。1993年からはイベントプロデューサーに。

山本耀司(1969年/第25回)

1970年代に自身の会社を設立し、1980年代前半から世界的なデザイナーとして長く活躍。アメリカのCFDA Awardにて世界最高の外国デザイナーに贈られる「インターナショナル賞」を受賞した事もあり。

阿部兼章(1980年/第48回)

1980年代半ばから東京コレクションにて活躍。清水エスパルス初期のユニフォームも高い評価を受けた

津村耕祐(1982年/第52回)

のちにイッセイミヤケグループ内の自身のブランドでパリコレ参加

本間遊(1990年/第64回)

卒業後はヨウジヤマモトのスタッフと支店活躍。その後、自身のブランド「HOMMA」にて東京コレクションでも活躍した

高橋悠介(2009年/第83回)

その後、イッセイミヤケのメンズディレクターとして若くしてパリコレで活躍

 
一番成功したと言えるのは、世界最高ランクのデザイナーの一人として扱われている高田賢三氏と山本耀司氏。
 
 

逆に受賞をしていない主な文化服装学院卒業生(そもそも応募していない可能性もあり)

 

  • コシノヒロコ・・・・ライバルである妹が受賞した一方で自身が受賞できなかった事を相当悔しがっていると言われる
  • 金子功・・・・・・順子や賢三の同級生
  • 松田光弘・・・・・・順子や賢三の同級生
  • 津森千里
  • 小西良幸(ドン小西)
  • 渡辺淳弥
  • 皆川明
  • 丸山敬太
  • 高橋盾
  • 山本里美

 
この中の大半のメンバーは、装苑賞受賞はならなかったものの、その後、
すでに国内外で最も活躍するデザイナーに贈られる「毎日ファッション大賞」を受賞している傾向。
 
 
逆にコシノジュンコ、山本寛斎は毎日ファッション賞を逃してきた。
 
 

 

 

 
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